多死社会の到来に伴い、病院ではなく自宅や老人ホームなどの施設で最期を迎える人が増加している。2024年の死因では老衰が急増しており、入院して延命措置を受けるケースが減少する一方で、自宅での死亡割合は2005年の12%から2024年には16%に上昇した。また、老人ホームでの死亡割合も2%から12%へと大幅に増加している。 厚生労働省の2022年度調査では、病気が治る見込みがなく1年以内に死に至る場合、52.6%の人が「自宅で最期を迎えたい」と回答しており、国民の希望は在宅での看取りに向かっている。政府は24時間体制の在宅療養支援を行う診療所などの普及を図っているが、地域間での「在宅みとり率」の格差が顕著となっている。 2024年度の在宅みとり率は、最も高い神奈川県の26.8%に対し、最も低い高知県は4.9%と20ポイント以上の開きがある。神奈川県では訪問診療の患者数や関連する診療報酬算定が増加し、地域の対応力が向上している。一方で、高知県のように病院ベッド数が多く、何かあれば入院するという考えが浸透している地域では、在宅みとり率が低くなる傾向にある。望む場所で最期を迎えられる環境づくりは、依然として途上の課題となっている。
Sourcehttps://www.nikkei.com/paper/article/?b=20260628&ng=DGKKZO97210240Y6A620C2MM8000
最期を自宅や老人ホームなど病院以外の場所で迎える人が増えてきた。積極的な治療を必要とせず、老衰で亡くなる高齢者が多くなっている。自宅や施設でみとる割合は都市部ほど高い傾向があり、都道府県間の差は最大5倍超に及ぶ。往診体制など医療インフラの格差も浮かぶ。

認知症の高齢者が入居する神奈川県横須賀市のグループホーム「かもいの家」。これまでに本人や家族の希望の下、30人ほどを施設内でみとった。死因のほとんどは老衰という。
病院のような積極的な治療や延命措置はできないことを事前に伝え、同意を得る。日中はリビングで過ごしたり、本人が好きなものを少しずつ食べたりして暮らす。家族がホームに泊まり、長時間一緒に過ごすこともある。運営会社の比氣ますみ社長は「自宅ではないが、日常生活に近い暮らしの中で最期を迎える」と話す。
国内で2024年に亡くなった人は160万5378人で過去最多を更新した。多死社会の到来で、みとりの場も変化している。自宅で最期を迎える人の数は減少傾向だったのが05年で底を打ち、増加基調に転じた。
自宅の比率は05年に12%だったのが24年に16%に高まった。同期間に老人ホームは2%から12%に跳ね上がった。病院はピークの80%から16ポイント下がった。入院して点滴などの処置を受けながら亡くなるようなケースが減っている。

死因も変わってきた。他に特記すべき理由がない老衰が急増している。18年に脳血管疾患を抜いて3位になり、数年以内には心疾患も上回る勢いだ。
国民の希望もある。厚生労働省の22年度の調査では、病気で治る見込みがなく約1年以内に死に至る場合に「自宅で最期を迎えたい」という人が52.6%で最も多かった。
政府は希望に応じたみとりを実現するため、在宅医療の普及を図ってきた。容体が急変した際に24時間いつでも往診できる体制を整えた「在宅療養支援」の診療所は全国に約1万5000カ所、病院は約2000カ所ある。病院はこの10年で倍に増えた。
問題は偏りだ。医療機関が自宅などで患者をみとった場合に請求する診療報酬の算定件数を死亡数で割った「在宅みとり率」を都道府県別に比べた。24年度に最も高かったのは神奈川の26.8%で最低の高知の4.9%と20ポイント以上の開きがあった。

データを遡れる範囲で最も古い15年度に神奈川は11.0%、最低の高知が2.4%で違いは10ポイント未満。差は拡大する流れにある。
神奈川県によると、在宅医療に取り組む医療機関の数はこの10年、大きく変わっていない。訪問診療を受ける患者数が1.5倍、みとり関連の診療報酬算定が2倍に増えた。個別の診療所や病院の対応力が上がっているとみられる。
県医師会は24年度にみとりに関する研修を6回用意し、看護師やケアマネジャー、介護職員らが参加した。「顔の見える関係をつくり、好事例を共有することで地域の対応力を高められる」と担当する磯崎哲男理事は強調する。
在宅みとり率が低い地域は在宅医療を扱う医療機関が少ない。半面、入院・入所が可能な施設が多いとみられる。
高知県は人口10万人あたりの病院ベッド数が2328.1床と全国で最も多い。県の担当者は「何かあれば入院するという考えが浸透し、本人や家族が入院を希望するケースが多い印象だ」と語る。
望む場所で最期を迎えられるかどうか。在宅みとり率の地域差は政府のめざす在宅医療の普及がなお途上という現実を映し出している。
(二羽はるな)
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