女子バレーボールの元日本代表、益子直美氏が代表理事を務める一般社団法人「監督が怒ってはいけない大会」の活動が全国的な広がりをみせる。勝敗が宿命的についてまわるスポーツの世界では、勝利至上主義が体罰やパワハラ指導と結びつきやすい。「怒る指導は手抜きの指導」と語る益子氏はこれにノーを突きつける。

=佐藤七海撮影

=佐藤七海撮影

始まりは11年前に福岡で開いた小学生のバレー大会だった。大人が子供を叱ることを禁じたこのユニークな大会に、今では「うちでも開催を」とあちこちから依頼が届く。

――これまでに九州や藤沢(神奈川)、山口、広島、高知、秋田、長野などで大会を開き、数多くの地元チームが参加した。手応えは?

「私があるご夫婦と知り合い、3人を中心に『益子直美カップ』という名前で始めた大会。子供たちがバレーを楽しんでいる姿が見たくてこういうルールを設けたが、はじめはバレー関係者に知られるのが怖かった」

「数年たってSNSに投稿したら、200件もの批判メッセージが殺到した。日本のバレー界がだめになるとか、お世話になった監督の恩をあだで返すのか、とか」

「でも、あるとき活動を広げようとクラウドファンディングを始めたら、短い時間で目標金額を達成できた。ネガティブな意見ばかり気にしていたが、こんなにも賛同者がいたのかと驚いた」

――この大会では子供を叱った監督に、赤字で「×」と記されたマスクが手渡される。子供や保護者の前でこんなマスクを着けたら、監督の立つ瀬がないのでは。

「1月に開いた福岡大会は常連の監督さんばかりで『バッテンマスク』の出番はなかったが、危ないなと思う人もいた」

「試合中に怒鳴る監督さんには、私がその場で『怒ってますよね?』と声をかけて話し込む。『怒ってない!』と声を荒らげたり、『だって子供が全然やらないから……』とばつが悪そうにしたり、反応はさまざま」

「監督にとっては、たしかに居心地の悪い大会だろう。でも世の中が(コンプライアンス重視に)変わって、自分が時代に追いついていないことにみんな悩んでいる」

「自分も変わらなきゃ、でも怒る指導しかできない、どうすればいいのかと。だから私はいつも伝えている。ここに来てくれただけで私たちは同じステージに立っています、大丈夫ですよ、と」

――なぜ「怒ってはいけない」のか。

「大人が怒ると子供は畏縮する。ミスをすると怒られるから、チャレンジをしなくなる」

「ミスには『ポジションが悪い』『フォームが悪い』などの原因がある。ミスしたときこそ原因を見つけて成長するチャンスなのに、子供がチャレンジしなければ成長は止まってしまう」

「この大会でも、子供を叱るべきときはある。それは(1)ルールやマナーを守れないとき(2)取り組む姿勢・態度が悪いとき(3)いじめや悪口をいったとき(4)危ないことをしたとき」

「ただし、感情に任せて怒っては何も伝わらない。わかりやすい言葉で説明し、子供の成長を願ってリクエストを出してください、と監督さんにお願いしている」

――子供にとっては、ごくまれにしかない「無礼講」のお祭りなのでは。

「たしかに、年に1度参加するだけでは何も変わらないかもしれない。けれど子供にとって『楽しかった思い出』はとても貴重なものだ。大人にとっても普段と違う声がけにチャレンジするベイビーステップ(初めの一歩)になればいい」

「今後は他競技ともコラボしたい。バレー単体だと、ライバル監督に手の内を見せたがらない人もいる。他競技の指導者と交流するほうがおかしいところをおかしいと気づきやすく、悩みも打ち明けやすいと思うので」

スポーツ界では昔も今も、パワハラやしごき、体罰の事例がプロ・アマの別なく後を絶たない。益子氏にも指導者に手をあげられ、バレーが嫌いになった過去がある。

――学生時代に最多で連続21発もの往復ビンタをされた体験を、著書の中で明かしている。

「グーで殴られたこともある。怒られるのが怖くて、ずっと自信が持てなかった。実業団チーム(イトーヨーカドー、2001年休部)に入ると急に大人扱いされ、反動でつい怠けてしまった。自立した考えや目標を持たない空っぽの選手だった」

「学生のころの私を指導した人に当時のことを尋ねると『怒って試合に勝てるようになるのがおもしろくて、やめられなかった。麻薬だった』と語っていた」

「私も大学の女子バレー部で監督を3年ほど務めて、あれほどイヤだった怒る指導に踏み込んでしまったことがある。チームが強くなるにつれ、いつしか勝利至上主義にとらわれた。私の知っている勝つための手段は怒ることだけだった」

「監督は孤独だった。一人でストレスを抱え込み、最後は呼吸も困難なほど苦しくなった。ドクターストップがかかり、心房細動の診断が下された」

「手術をして、メンタルコーチングやアンガーマネジメントを学んだ今ならわかる。怒る指導は即効性があるが、手抜きの指導だと」

――怒らなくても試合に勝てるのか。

「よく聞かれるが、その答えを私は持っていない。監督さんたちには『一緒に悩みましょう』と呼びかけている。答えはきっと子供たちが教えてくれる。私は『子供』をひとくくりにするのではなく、一人の人間として見てあげたい」

「真剣に取り組むことと楽しむことは必ず両立できる。そのためにも、指導者は褒めることにチャレンジしてほしい」

「才能や資質は認める、努力やプロセスは褒める、試合に勝ったら一緒に喜ぶ。この使い分けは私が人から教わったやり方の一つ。ペップトーク(前向きな声がけ)には答えにたどり着くためのヒントがある」

――五輪のメダリスト誕生の過程には壮絶な鍛錬があり、選手とコーチの間にも、厳格で支配的なつながりが見受けられる。スポーツに限らず、大人がそうした「厳しさ」を手放したとき、国際競争を勝ち抜く人材が社会から育つだろうか。

「私が関わる子供たちのことは、国を背負った代表選手と切り離して考えたい。早熟な子に目先の成果だけを求めて重圧をかけるのは、受験に合格するためだけに猛勉強を強いるのと異ならない。本当の学びはその先にあるのに」

「私たちは完成しているけれど小さな器をつくるより、未完成でも大きな器を育てるべきだ。たぶん、これはスポーツだけの話ではない」

「2月のミラノ・コルティナ冬季五輪でうれしいことがあった。スノーボードで金メダルに届かなかった日本選手がこう話していた。『負けちゃったけど、いまの自分の百パーセントを出して難しい技にも挑戦できて、満足です』」

「少しだけ残念そうに語るのを聞いて、これだと思った。大人にバレーをやらされていた私には言えなかった言葉だから」

「国のためではなく、自分のための挑戦だから楽しめる。悲壮感がなく、競争相手をリスペクトできる。野球の大谷翔平さんもそうではないか。投打の二刀流という挑戦には反対意見の指導者が多かった」

「彼らの常識では、どちらかに絞るほうが成功への近道だったのだろう。でも本人にとっての挑戦はもっと大きなものだった。そういう選手が現れたということは、日本のスポーツ界も少しずつ変わっているのだ」

ますこ・なおみ 1966年、東京都生まれ。高校生でバレーボール日本代表に選ばれ、卒業後はイトーヨーカドーで活躍。「下町のマコちゃん」の愛称で親しまれ、引退後はタレントとして幅広く活動した。日本スポーツ協会副会長。「監督が怒ってはいけない大会」代表理事。