高橋是清が日露戦争の戦費調達のためにロンドンで会った英国人、サー・ユウエン・カメロンは、後の英国首相デービッド・キャメロンの玄孫である。サー・ユウエン・カメロンは金融界の重鎮として世界の繁栄に寄与した。 一方、その子孫であるデービッド・キャメロンは、英国のEU離脱(ブレグジット)を問う国民投票の実施を決定し、残留派の敗北を受けて辞任した。その後、英国政治は混迷し、スターマー首相を含む6人の首相がこの10年で退陣する事態となっている。かつてグローバル化の波に乗った一族の末裔が、自らの決断によってその潮流に歯止めをかけることとなった。
Sourcehttps://www.nikkei.com/paper/article/?b=20260628&ng=DGKKZO97210350Y6A620C2MM8000
大正から昭和にかけて首相や蔵相を務めた高橋是清の自伝には「香上銀行の取締役支配人サー・ユウエン・カメロン」という英国人が出てくる。1904年の春、日銀の副総裁としてロンドンに着いた高橋が、日露戦争の戦費調達を相談するためいち早く会った人物だ。
▼それから1世紀を経て「カメロン」の玄孫(やしゃご)は英国政治の頂点に立った。2010年から6年あまり首相を務めたデービッド・キャメロン氏である。その名を久しぶりに思い出したのは、英国の欧州連合(EU)離脱を問う国民投票から23日でちょうど10年になったと聞いたからだ。投票を決めたのがキャメロン氏だった。
▼自由貿易を後退させるブレグジットに、国民が賛同するはずはない。そう高をくくっていたキャメロン氏は、投票で「EU残留」が敗れるとすぐさま辞任を表明した。英国ではその後、政治の混迷が深まり、短命政権が続く。現職のスターマー首相も在任2年での退陣を余儀なくされ、この10年で首相辞任は6人目となる。
▼高橋の外債発行を助けたキャメロン氏の高祖父は、香港や上海で勤務した経験がある。そのころに広がった最初のグローバル化の波に乗って、金融界の重鎮としての地位を固めた。英国と世界に繁栄をもたらしたその大きな潮流に、自らの子孫が歯止めをかける役割の一端を担うとは、想像すらできなかったにちがいない。
大正から昭和にかけて首相や蔵相を務めた高橋是清の自伝には「香上銀行の取締役支配人サー・ユウエン・カメロン」という英国人が出てくる。19…続き