本報記者 亓玉昆

上海浦東開発陳列館にて、浦東開発開放の歴史を学ぶ観客。本報記者 巨雲鵬 撮影

南海のほとり、広東省深センには、改革開放の偉大な力を証し、市民や観光客を惹きつけてやまない2つの彫刻がある。

一つは深セン市委大院の前に立つ「拓荒牛」で、地に足をつけ、力強く前へ進もうとする姿が力に満ち溢れている。もう一つは深セン博物館旧館の前に立つ「闖」で、巨人が両腕を広げ、懸命に門枠を押し広げている。その眼差しは毅然として、遠くを見据えている。

1990年代初頭、深センの速度、浦東の新たな姿、そして中国の目まぐるしい発展は、世界を驚嘆させた。しかし、「資本主義か社会主義か」という論争もそれと同時に巻き起こった。

習近平総書記は、社会主義市場経済体制の構築という改革目標を提示したことを指摘した。これは、我が党が中国の特色を持つ社会主義を建設する過程において成し遂げた、重大な理論的・実践的革新である。

「計画経済は社会主義を意味するのではなく、資本主義にも計画はある。市場経済は資本主義を意味するのではなく、社会主義にも市場はある。」1992年初め、鄧小平同志は武昌、深セン、珠海、上海などの視察を行い、人々の思想を困惑させ、束縛してきた多くの重大な認識上の問題を明確に回答した。これは、党の第14次全国代表大会を成功させるための十分な理論的準備となった。

1992年10月12日から18日まで、前代を受け継ぎ、次代を切り拓くという重大な歴史的使命を担った中国共産党第14次全国代表大会が北京で開催された。江沢民同志は、「改革開放と近代化建設の歩みを加速させ、中国の特色を持つ社会主義事業におけるより大きな勝利を勝ち取る」と題した報告を行った。

「鄧小平同志の談話と、今年3月の中央政治局全体会議を指標として、我が国の改革開放と近代化建設の事業は新しい段階に入った。」報告の内容は、電波を通じて各地へと伝わった。

これまでの道のりを振り返り、これからの航路を見据え、この大会は党の第11期第3中全会以来14年間の実践経験を総括し、三つの深遠な意義を持つ決断を下した。

第一に、好機を捉え、発展を加速させ、経済建設に全力を注ぐこと。

第二に、我が国の経済体制改革の目標は、社会主義市場経済体制の構築であると定めること。

第三に、鄧小平同志の中国の特色を持つ社会主義建設の理論の、全党における指導的地位を確立すること。

当時、ブラジルのある雑誌は、中国の10年以上にわたる改革の成就は輝かしいものであり、中共十四大は中国がより強力に改革のアクセルを踏むことを示した、と指摘する記事を掲載した。

「市場経済」という四つの大きな文字が、初めて社会主義の旗印に刻まれた。党の十四大の精神を貫徹し、中国の改革開放は新たな帆を上げた。

1993年11月、党の第14期第3中全会が「社会主義市場経済体制の構築に関する若干の問題に関する決定」を採択し、社会主義市場経済体制を構築するための全体的な計画を策定した。

1994年の元旦、それは並々ならぬ新年であった。この日、税制改革と外貨制度改革が実施された。金融、外貿、価格、流通、企業など多くの改革も次々と展開された。社会主義市場経済体制の構築という目標をめぐり、改革は全体的な推進と全面的な攻堅という新しい段階に入った。

今日に至るまで、中国は世界が注目する偉大な成就を収めており、その実践は、この独創的な取り組みが成功であったことを証明している。世界第2位の経済大国としての地位を固め、一人当たり国民総所得は中上所得国の中で首位へと躍り出、貨物貿易とサービス貿易の総額は世界トップクラスを維持し、新エネルギー車の輸出は力強い伸びを見せている。

社会主義市場経済体制が、明確な提示から初步的な確立に至るまで、市場は資源配置において基礎的な役割から決定的な役割へと変化した。我が党は社会主義建設の法則に対する認識を絶えず深め、「有効な市場」と「有為な政府」の結合を堅持し、社会主義市場経済体制を完備させることで、世界でも類を見ない急速な経済発展の奇跡を創出した。

習近平総書記は、「社会主義市場経済を営むことは、我が党の偉大な創造である」と指摘している。

急成長を遂げる雄安新区、時代の潮流の先頭に立つ粤港澳大湾区、活力に満ちあふれる長江経済帯、日新月歩の海南自由貿易港……。市場経済は絶えずさらなる活力を放出し続け、高品質な発展が強力な後ろ盾となり、繁栄する中国を形作っている。

新たな征程において、高水準な社会主義市場経済体制の構築を突出した位置に据え、全国統一大市場の建設を加速させることで、中国経済という大きな船は、必ずや風を乗りこなし、帆を高く掲げて航海を続け、絶えずより多くの「春の物語」を書き継いでいくことだろう。