インド政府は、新型コロナウイルスの影響で2020年から6年遅れとなった国勢調査を実施している。310万人の政府職員が、ヒマラヤからニコバル諸島までを網羅し、約3億5000万世帯、14億人規模の人口を対象に、デジタルフォームを用いて半年かけて調査を行う。今回の調査では、スマホの保有状況やネット接続に関する設問に加え、95年ぶりにカーストに関する質問が復活するなど、項目が大幅に見直されている。 調査結果の公表は2027年を予定している。インドでは福祉政策、インフラ整備、食料供給、さらには議会選挙区の区割り見直しに至るまで、人口推計が重要な意思決定の基盤となっている。特に、急速な都市化や出生率の変化、カーストに基づく優先枠の有無などが政治的対立の火種となる可能性があるため、最新のデータの取得は国家にとって極めて重要である。 調査の現場では、貧困街の住民が協力的な一方で、裕福な地域では税金トラブルへの懸念から回答を拒むケースもあり、警察官を同行させるなどの対応も取られている。開発経済学者は、今回の調査によって、既存の政策の有効性や依然として存在する不平等の詳細が明らかになると予測している。
Sourcehttps://www.nikkei.com/paper/article/?b=20260628&ng=DGKKZO97204710X20C26A6TM7000

戸別訪問調査に向け住宅のマッピングをする当局者。国勢調査への回答に消極的な住民も少なくない(4月、ニューデリー)=AP
インドの首都ニューデリー南部の貧困街。気温42度前後の暑さのなか、2人の女性調査員が排水路沿いを歩いていた。薄いスカーフで日差しと悪臭を遮りつつ、顔の汗も拭う。
木材や段ボールで作られた小さな小屋の前で立ち止まると、1人が繰り返し戸をたたいた。「誰かいますか」。返事はないが、古いボリウッド映画の音楽が聞こえてくる。
やがて30代前半の女性が戸を開けた。女性は少しためらった後、家や生活状況に関する34の質問に答えた。3人の子どもと夫と暮らし、家にはトイレも風呂もないという。調査員は女性の答えをスマートフォンのデジタルフォームに入力した。
インドでは政府職員310万人が半年かけておよそ3億5000万世帯を訪れ、世界最大の14億人規模と推定される人口を数える予定だ。政府職員の大半は学校教師で、ヒマラヤ山脈の谷からインドネシアのスマトラ島近くのニコバル諸島までを網羅する。
インドの国勢調査は憲法で10年ごとの実施が規定されている。だが、新型コロナウイルスの流行を受け、2020年に予定されていた調査が遅れていた。
6年遅れとなる今回の調査はペーパーレスで実施される。調査員が専用アプリをダウンロードし、情報を記録する一方で、国民にはネットでの回答も奨励されている。調査項目も大幅に見直され、スマホの保有状況、ネット接続、主食に関する新たな設問を追加したほか、カーストについての質問が95年ぶりに復活した。
27年に公表される予定の結果はインドにとって極めて重要なものになる。インドでは長年、福祉政策やインフラ整備、食料供給に関する意思決定が人口推計に基づき行われてきた。
「インドは移住、都市化、出生率、高齢化において急速に変化しているにもかかわらず、10年以上にわたり古いデータを基に方針を決めてきたということだ」と非政府組織(NGO)のインド人口財団で事務局長を務めるプーナム・ムテレジャ氏は話す。
貧困街の住民は政策の対象から抜け落ちてしまいがちな数百万人もの人々の一例だ。
ニューデリーの貧困街ハヌマン・キャンプを訪れた調査員は「この場所は汚くて、下水からの悪臭は耐えられないほどだが、ここを担当するメリットは住民たちがとても協力的で、必要な情報を快く提供してくれることだ」と語った。
実際、はだしの小さな子どもたちが次は自分たちの家に来るよう調査員に頼むこともあった。ある住民は「今回集めたデータが我々の生活状況の改善につながることを願っている」と話した。
調査員たちは割り当てられた地域の全世帯を1カ月かけて訪問し、住居や生活状況について調査する。しかし、これで任務は終わらない。調査員と国民双方の負担を軽減するため、調査は2段階に分けて行われるからだ。
調査員は27年2月に一部を除くインド各地を再び訪問し、世帯員の性別、年齢、識字能力、出生地、婚姻状況に加え、宗教、カースト、職業、学歴、障害の有無、使用言語について質問する。
こうした情報は回答を得るのが難しいものもある。実際のところ、第1段階の住居と生活状況に関する質問でさえ、一部にとってはデリケートな問題となり得る。
ニューデリー南部の裕福な地域を担当する調査員チームの監督者によると、同地域の住民の多くは調査員が訪れてもドアを開けることを拒んだり、最大で1時間待たせたりするという。協力してもらうために、警察官を同行する例もあった。
「彼らは非常に秘密主義で、自宅前に並ぶ高級車の台数を含め、いかなる情報も隠したがる」と同監督者は話す。「国勢調査では回答を個別に利用することはないにもかかわらず、税金関連のトラブルに巻き込まれることを恐れているのかもしれない」
インドでは公務員や大学の入学枠、議員数など様々な分野で、特定のカーストや部族集団などの社会的弱者に対する優先枠が設けられており、政治的対立の火種となってきた。国勢調査で現状のデータが更新されれば、支援や優先枠を巡り変更の必要性が示される可能性もある。
ニューデリーを拠点とする開発経済学者のディパ・シンハ氏は「政策がこれまでどう役立ってきたのか、そして依然としてどんな不平等が存在するのかがわかる非常に詳細なデータが得られるだろう」と予測する。
調査結果は議会選挙区の区割り見直しにも使われる。経済成長と家族計画を推進してきた南部の州は、開発は遅れているが人口増加率の高い北部の州に政治権力が移ることを懸念している。議席の配分では人口以外の要因も考慮すべきだとの声もある。
こうした議論は全員を数え終わるまで待たなければならない。
ニューデリーの街では調査員たちが夏の暑さで脱水症状にならないよう奮闘している。監督者は言う。「我々は国家にとって重要な任務を遂行しており、この任務を続ける必要がある」
(ニューデリー=キラン・シャルマ)